根性
2026年5月5日 18:03

みんなが根性を馬鹿にする世の中である(´・ω・`)
汗臭い、古臭い、頭悪そうとか(笑)
まぁ、実際そうかもしれない。
だが、何事も最後の最後は「根性」で決まる。と僕は思っている。
仕事も、勉強も、遊びでさえも、それが困難であればあるほど、最後のひと押しは「根性」だ。
どんなに賢い人も、どんなにクールビューティーな人でも、本気でやっている事、それを成就できるか、達成できるか、完成するかのギリギリのラインを超える事が出来るのが根性だ。
現代人は根性を馬鹿にしすぎていると思う。
みんな頭が良いふりをしたいのかもしれない、
根性なんて馬鹿みたい。僕は頭がいいんです。原始人ではありません!って。
最近ではスポーツの世界ですら「根性」が失われつつあるように感じる。
そういう意味では登山の世界ではまだまだ「根性」は現役である。
ただの斜面を黙々と登って行く、
その斜面が大きければ大きいほど、根性がものを言うのだ。
これは理屈抜きにそうだ。
どんなにかっこよく登ろうと思っても、
どんなに涼しい顔して歩こうと思っても、
単なる斜面の前にはそんなものは関係ない、
関係あるのはキツイという無慈悲な感情と、理屈抜きの”根性”しかない。
どんなに訓練を積んでも、きつい坂、つらい壁はいくらでも出てくるのだから。
人生には、計算が成り立たない局面が必ず訪れる。
予想外の嵐、想定外のトラブル、そして自分自身の限界という名の「壁」。
そんな時、最後に僕たちを前進させるのは「スマートな解決策」ではなく、たとえば「絶対に負けたくない!」という意志の力なのだ。
現代人が「根性」を避けたがるのは、それが「自分と向き合うこと」を強いるからだろう。
論理で武装していれば、失敗したときに「やり方が効率的ではなかった」「環境が悪かった」と言い訳ができる。
しかし、根性を剥き出しにして戦って負ければ、それは自分の魂の負けを認めることになる。それが怖いから、みんなクールなふりをして、熱くなることを避けている。
だが、このブログを見ているみんなは知っているよな・・?
「もうダメだ」と思ってから、あと一歩を踏み出す瞬間にしか見えない景色があることを。
それは登頂した瞬間の絶景かもしれないし、仕事が形になった時の震えるような達成感かもしれない。 その景色は、要領よく立ち回って手に入れた「成功」とは、明らかに色が違う。 汗をかき、歯を食いしばり、周囲から「馬鹿みたいだ」と笑われても、なお諦めなかった人間だけが味わえる、特権的な報酬なのだ。
根性は、決して思考停止ではない。 むしろ、思考が限界を迎えたその先で、人間が人間であるための最後の証明として振り絞るエネルギーなのだっ!!!!(終盤になればなるほど意味がわからないのが私の思考回路です、適当ともいう。)
こんな事を言っている私だが、こんな事をいうとあれだが、まるで「根性」が無いのである。
すぐに腹減ったとか言うし、すぐに肩が凝ったとか、きがつくと仕事中にアニメを見ているのである。
もう、私は駄目かもしれん。
あとは頼んだぞ・・(´・ω・`)
ヽ(^◇^*)ノ=500
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