そろそろこういうのやめませんか・・

そろそろこういうのやめませんか・・

そろそろこういうのやめませんか・・

ジャージやサンダルで登山しようが他人の勝手である。
と私は思わなくもない。

いちいちそれにイラついて、説教くさい事を言ってしまう。
「そろそろこういうのやめませんか」って
君こそ、そういうのやめたらどうだろう?

だいたい登山初心者なんてもんは次から次へと湧いてくるのだから、
「そろそろやめませんか」はおかしい。

これらの人は、これからも登山がある限り無限に湧いてくるのだ。
だからそろそろやめませんか、では永遠に解決にたどり着く事はない、
これは断言できる。

もしも何か改革できるのだとしたら、ひとつは自分の心である。

これらの登山の不心得者に対していちいち怒る自分を変えるしかない。

もうひとつはいっその事、登山で死ぬのは完全無欠なる自己責任論に帰結してはどうだ。登山初心者や山を舐めている輩は一定の確率で出てくるのだろうから、完全に放置して、助けもしないし、その場で死んでもらうって事にしたらどうだろう。登山界全体でそのような方針を決めたらいい。

もしかしたら、そんな非情で冷徹な態度が、人々に知れ渡り、今まで届かなかった人の心にも登山の真の恐ろしさが伝わるかもしれないじゃないか?

誰かが助けてくれると思うから、舐める奴も出てくるし、山を舐めている奴も助けなきゃいけないと思うから、それに対して怒る人も出てくるのだろう、であれば、いっそのこと助けなければいい。

逆にそっちの方が山のトラブルが減るかもしれんよね??・・・

(ここでお知らせがあります。以上で文章を考えるのに疲れ果てた&自分が言ってる事に自信が持てなくなってきましたので以下はAIにまとめていただきました事をご報告します。笑)

(続きの文章):「もしも何か改革できるのだとしたら、自分の心である」と考えるようにしてみるといいかもしれません。確かに登山初心者や無謀な行動をする人々に対して怒りを感じることはあるでしょうが、その怒りを抱えることで心に負担をかけてしまいます。自分の心のあり方を変えることで、より穏やかな気持ちで登山を楽しむことができるかもしれません。

また、「登山で死ぬのは完全無欠なる自己責任論に帰結してはどうだ」という主張も一理ありますが、他人が危険な状況に陥っている場面を見過ごすことは道義的に問題があるかもしれません。登山コミュニティでは、危険な状況にある人々を放置せず、できる限り助けるという協力の精神が重要視されることが多いです。

登山初心者や舐めている人々に対して教育や指導を行うことで、彼らが自ら安全に登山を楽しむ方法を学ぶ手助けになるかもしれません。怒りや無関心ではなく、親切で包容力のある態度で接することで、彼らも真の登山の楽しさや危険性を理解し、安全に楽しむ方法を見つけるかもしれません。

登山コミュニティはお互いを助け合い、尊重し合う場所であるべきです。非情な態度ではなく、寛容な心を持ち、共に登山を楽しむことが大切です。

(笑)



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