大岳山の護摩壇岩を訪ねる。

今日、檜原村の茅嵓尾根を登って大岳山に遊びに行ってきましたが、その帰りに前から探していた護摩壇岩の探索に行ってきました。

護摩壇岩の場所の出典は、迫田泰敏さんが書かれた「東京の山」を参考にしました。
地図上に位置が書いてあるわけじゃなくて、文章で書かれているだけなので、
そこからおおよその場所を推測して向かいました。

東京の山
迫田泰敏さんの『東京の山』(Amazon)

※護摩壇岩への行き方ですが、そんなに危なくは無いのですが、一定量のリスクがありますので、もしも真似して行く人は自己責任でお願いします。

ずばり護摩壇岩の場所はここです。

はいっ!と。

護摩壇岩
護摩壇岩(画面中央からやや左)

座標は、北緯35度45分57.3秒、東経139度8分1.8秒 になります。

古地図、宮内敏雄さんの『奥多摩』とか、内田正男さんの『秋川流域の山々』とかに
記載されている場所と明らかに違っています。
どっちが本当なんでしょうか・・・(^^)

行き方ですが。

まず、御岳山と大岳山の間の縦走路に、鉄階段有るじゃないですか?
大岳山荘の近くです。

鉄階段
鉄階段。

鉄階段の一番上の段までのぼって、そこから登山道をはずれて崖をよじ登ります。
崖とは行っても、高さはそんなに無いし、枝や根っこが張っているので、登るのはそんなに難しくないです(もちろん、滑り落ちたら大怪我しますが。)

ちょっとした崖。
写真で見ると崖に見えないけど、実際は斜度はかなりきつめです。

力任せに登るとすぐに尾根の上に飛び出ました。

そこから、上の方へ尾根づたいに歩いてゆきます。

ここからですが、少しだけハードなヤブがあります。
ハードってのは草じゃなくて、細い木の枝が行く手を阻みます。

ハードブッシュ
細い枝が邪魔過ぎる。

長袖がいいですね。半袖だと傷だらけの天使になります。

枝が邪魔なんですが、ガリガリっと無理やり進むしか無いです。

すぐに目の前に縦にデカイ岩が出てきました。

ちょっと見て、思いました。
こんなの進めるわけないだろ(笑)って。

縦にデカイ岩。
でも大丈夫でした。

この縦に大きい岩ですが、右側は無理ですけど、左側に回り込むとやり過ごせました。

縦に大きい大岩は左を通過せよ。
縦に大きい大岩は左を通過しよう。

ここの通過ですが、左側は崖なんで落ちたら死ぬと思いますけど、まぁ落ちる事は無いと思います。けっこうマージンに余裕があります(笑)

そして、次に出てくるのが岩の痩せ尾根です。

岩の痩せ尾根
岩の痩せ尾根

ちょっと、「おっ・・」と思いましたが、まぁこの程度はへのつっぱりはいらんですよ。ですね。

痩せてると言うほどじゃないし、だいたい肩幅以上あります。
距離も3mぐらいしかないですし、左右を見ても崖っていうより単なる急斜面です。
まぁ、落ちたとしても骨折程度でしょう。もしくは内蔵がはみ出るか、脳みそをぶちまける程度です。(ちょっと大げさに書きました)

で、この痩せ尾根を通過すると、やっぱり細い枝が邪魔なんですが、強引に突破しますと。
今度は今までに無いぐらい大きい岩が進路を塞ぎます。

もしかしてこれが護摩壇岩かな?

超大岩
大きい岩だが左側を進める。

と思って、大岩の左側に周り込んで進みますと。

IMG_3313
こんな場所に出た。

『東京の山』にはこの様に記載があります。

高さ約3メートルの巨大な岩にぶつかった。岩と言っても、岩小屋のようにコの字型になっていて、内部に入ると雨も避けられそう。ほぼ中央奥には小さな祠があって、まさしく修行の場。
前は断崖絶壁・・・大岩の後を回って上にのぼると、片隅に「昭和四年」の石柱があった。

上を見上げると、大岩が庇(ひさし)のように大きく張り出しており、若干頼りないが小雨程度なら避けられそうでもある。

護摩壇岩の庇
庇状に張り出した岩が傘のようになっている。

たしかにコの字型と言えば、そうともとれる地形です。

祠があれば完璧だ。
周辺の様子、こんな感じ。

あとは、祠があれば完璧だけど・・と思って探す。

すると奥の方に・・・

祠があった。
祠があった。

あった!!

祠の位置は足元が不確かで若干危ない場所だけど、慎重に近寄って観察してみた。

護摩壇岩の祠。
祠。

祠の中、鉄?で出来た何かが入っていた。
祠の中、鉄?で出来た何かが入っていた。

正面に何か文字が掘られていたけど、判読不可能。

祠の側面にも文字
祠の側面にも文字が掘ってある。

ここが間違いなく護摩壇岩だなと。
そう思いました。

とりあえず座禅
とりあえず座禅(笑)

この護摩壇岩ですが、その昔、弘法大師が護摩修法をした跡という言い伝えもあるそうです。
霊験あらたかな場所なのです。
今風に言うとパワースポットですね。

左側は断崖絶壁でして、下の方に目を移すと登山者がはるか下を歩いていました。

断崖絶壁
望遠で撮影(ピントがあってない)

さて・・。。

護摩壇岩から、さらに裏に回って上へ行くと昭和4年と掘られた石柱があるらしいのですが、それはすっかり失念していて、確認していません(スマソ)

ですが、この大岩、左側へ回り込んできましたが、入口に戻って右側から岩の上を良くみると。
なんと、もうひとつの祠がありました。

2つ目の祠。
え、、もう一個祠があるの?

登れない事も無いので、空身になって登ります。
木の細い枝が邪魔で帽子が脱げそうになりました。

登りながら撮影。表には小さい穴が開いていました。

護摩壇岩 2つめの祠
中に何か入ってるんでしょうね。

登ると祠の裏へ出ます。

祠の裏
祠の裏

何か文字があるので撮影してみました。

昭和3年
なんて書いてるのかな・・・。。

『昭和三年八月吉日 杉守白心講』って書いてました。

これは昭和4年の石柱とは違いますよね。
迫田泰敏さんが見逃していたのか、それとも数字を間違ったのか。
はたまた杭はもっと上の方にあるのか・・。。

ちなみにもっと上もいけそうだったんですけど、行かなかったんですよ。
無理して死ぬのも嫌だったので・・(^^;)

と、言うわけで、無事に護摩壇岩も見つかった事だし、
満足して元の道を引き返して、鉄階段まで戻りました。
登るより帰る方が楽でしたよ。

鉄階段
鉄階段に戻ってきました。

安全圏にもどってきて一安心。

gomadan
ちなみに宮内本の護摩壇岩の場所(御坂尾根の中央部に記載がある)ヤマレコの護摩壇岩の場所もこんな感じでした。

それと『東京の山』に記載されている護摩壇岩への行き方。

護摩壇岩へは縦走路の難所から道をはずれ、岩をよじる。
岩と岩の間からは雑木が飛び出して、時折り、この枝を掴んだりして、岩と闘う・・・
やがて岩の登りが終わると、今度は両側が切れ落ちた馬の背。
ゆっくりと足を運ぶと高さ3メートルの巨大な岩にぶつかる。

とある。

僕は鉄階段の所から登ったけど、この本を書いた方はもう少し大岳山寄りの所から登ったのかもしれないですね。

と、言うわけで護摩壇岩のレポを終わります。
今度は昭和4年の石柱を探してみるかな〜(^^)



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