単独行のこころ10

なぜこの世の中はテントを張ってはいけない所ばかりなの?

登りたいと思った山には、勝手に登れないし、遊びにゆきたい無人島ですら誰かの土地なんだよね。

神社に勝手に入ってちょっと雨宿りしてみたくない?
公園のベンチで野宿したら条例違反なんだって。
鉄道のレールの上を歩いたら、鉄道員がやってきて追いかけられる。
インターネットでは法律違反・常識ハズレだと叩かれる。
そう言えば滝を登った有名な沢屋さんが神社にめちゃくちゃ怒られていた事もあったなー、神に対する冒涜!!人々が大切にしたものを踏みにじった、って事らしい。

それにこんな事考えてるだけで、インターネットの世界では叩かれそう。

誰にも迷惑はかけるつもりはない、
自然だって大切にしているのに、
誰かが真似したらどうするんだ?だって・・

だからいい事考えちゃった!!

君たち全員この世からいなくなれば良いと思うよ。

そうしたら、もう誰も怒る人もいなくなるわけでしょう?
摘んではいけない花だって、僕ひとりが花瓶にさすぐらいなら影響ないよね?

つまんない事を言うやつはいなくなって、自由気ままに歩き回れるじゃないの?

なんて事を、雨がしとしと降るテントの中で、
天井を見つめながら考えていた。

でも、これはただの妄想だからね!

もしも・・そう考えたらどうだろう・・という遊びなので 、どうか怒らないでほしい。

もしも、本当にこの世から、みんながいなくなったら・・
そんなありえない妄想には続きがある。

話しは変わるようだけど、

女の化粧は男(もしくは他人)のためにするのでは無い、
女は化粧を自分のためにするのだ、と聞いた。

僕はこの言葉を聞いたときに、女たちは、人類滅亡後の世界で自分ひとりが生き残った時、誰もいない世界でも、自分のために化粧をするのかな?と
そんな屁理屈のような考えが浮かんだ(いやこれは本当に屁理屈だと思う)

それと同時に、僕達がやっているたくさんの事の中で

他人が居なくなる事で、やる事の意味が問われる事も多そうだなと気がついた。

例えば誰も見るものがいないのに、画家は絵を書くだろうか?

誰も聴くものがいないのに、音楽家は作曲をするだろうか?

誰もいなくなった世界で、登山家は山に登るんだろうか???

誰にも誇る事もない、誰にも報告する事もなく、
山に登った事、そこから見た景色、感じた事を、
誰もいなくなったこの世界で、
ただ自分独りの中で、反芻(はんすう)する。

喜びも、悲しみも誰とも共有できない。
自分が山に登った事すら、誰も知らない。

そして山から下りても、誰もいないんだもの。

さっき「君たち全員この世からいなくなれば良いと思うよ」とは思ってみたものの・・

誰もいなくなったこの星で、
それでも僕は山に登るかな、旅をするかなぁ????

考えてみるけど、答えは出ないし、出す必要もない。
だって、僕以外のみんながいなくなるなんて、ありえないからね!!

僕がひとりこの世からいなくなる事はあってもねえ。



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