自然に対してフェアでいたい・・ってなに?

「自然に対してフェアでいたい・・」などとわけのわからない事を言う
登山家や冒険家、ネイチャリストが後をたたない(´・ω・`)

だが、自然に対してフェアとは、いったいなんなのか、
いろんな意見があり、それはひとりひとり違うというのである。

ある人は、ハーケンを岩に打ち込まずに素手で岩に登る事がフェアであるといい、
ある人は、猟銃を片手に鹿やイノシシを(一方的に)ぶちころしながら、フェアを語る人もいる、猟銃は圧倒的な武力であると思うのだが・・(笑)

おい、ちょっとまてや・・と言いたい。

お前らのフェア・・ほんとにフェアなのかと。

まず、自然に対してフェアであるというのは、俺が考えるに全裸の事である。

この産まれたまま、ありのままの姿こそが、フェアの出発点だ。

違うか諸君、俺はぜったいに間違ってないと思う(´・ω・`)

僕が知るかぎり、全裸で山に登った人間は有史以来ひとりもいない。

※ちなみに山頂で全裸になった人間なら山ほどいると思われる(笑)

つまり、自然にフェアであるという視点からみれば、

人類は未だ、登頂に成功した人間はひとりもいないと言えるだろう。

と、言うのは半分は冗談である。

だが、いったい何をもってしてフェアと言っているのか、
俺は本気で問いただしたい。

GPSはフェアじゃないけど、地図はフェア・・なのか?

登山や冒険をする人の中には、地図は使うけどGPSは電子機器だからダメ
みたいな事を言う人がいるが、これは暗にGPSはフェアでは無いと言っているに等しい。

だが、そもそも地図そのものがフェアじゃないと思う。
地図は誰か他人が作ったものだ、しかも超精密に作ってある。
簡単に言えば千里眼のようなものだ。
GPSはフェアじゃないけど、地図はフェアとは・・どういう事だろうか??
本当のフェアとは、みずから現地へ何度も足を運び、地道なフィールドワークによって地図を作りながら山を攻略する事だと思う。

アイゼンやピッケルは・・フェアなのか。
人間が作った道具はフェアなのだろうか。

それらの道具も人間の知恵が生み出したものだから、そういう視点ではフェアだと言える。
だが、それらがフェアであるとしたらGPSもフェアでなければ理屈としてはおかしい。
アイゼンやピッケルと同様GPSも人間が生み出したツールなのだから。

GPSはエレクトロニクスだから駄目だというのなら、
ヘッドライトだって駄目なはずだ。
そこは油をもってゆき、カンデラで夜道を照らすべきである。

無線機はフェアではないと考える登山家もいるが、
双眼鏡はフェアなのだろうか、山に登る前に双眼鏡で岸壁をじっくり見て研究するのである。
もしもこれがテストなら完全にカンニングであり失格である。

このように、自然に対してフェアでありたい・・とは、
そのフェアの中身は自分が勝手に作ったルールでしかない事がよくわかる。
そのルールは自分たちに都合がいいように、思考の中でトリミングされている。

だが彼らの自然に対してフェアでありたいという気持ちを否定しない。
フェアでありたいからこそ、フェアにはならないけど、
フェアに近づけたいという気持ちだ。
GPSはダメだけど地図は良いというのはそういう気持ちの現れなのだ。
それは僕にもわかる。

ちなみに、では、東京登山よ、お前はどうなのだ、
偉そうに言えるのか、お前はフェアなのか?と、
そう言う人がいるかも知れないが、
僕は最初から自然に対してフェアなどという考えはない。

僕は山に登るために、人間が作った道具を惜しみなく使い、
最新のテクノロジーだって導入したいのである。
だから何も問題は無いのだ!!(´・ω・`)えっへん。



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