単独行のこころ4

※今日の文章は私の主義を吐露したものであり、私の考えを押し付けるものではありません(笑)

最近立ち読みした本で単独行を孤独という文脈で語っているものを見た。

でも僕は単独行を孤独という文脈で語るべきでは無いと思っているんです。
なぜならそれらはぜんぜん違うから。

孤独というのは、誰も自分の事を知らない事。
心の支えとなる人が誰も居ない事。
自分のやっていることが誰にも理解されない事
家に帰っても誰も待つ人がいない人の事だと思う。

だから、家に帰れば、愛する家族がまってくれている人や
自分がやっている事を応援してくれている人がいる人や
目を閉じれば恋人の笑顔や、友達や家族が微笑んでくれるような人や
山に独りで行って、心配してくれる人がいるような人は
山の中で独りであったとしても、それはぜんぜん孤独じゃない。

孤独っていうのはもっと苦しくて、悲しいものだ。
僕はその事を良くしっているから、
単独行を孤独と言う文脈で語る人がいると、少しだけ違和感を覚える事がある。
山の中だけの孤独なんて、ぜんぜん孤独じゃないです。

僕は単独行を考える時には、いつも心の自由を感じています。
誰にも囚われずに、自分の心のままに生きてゆく事の気持ちよさを感じるのです。

僕はこの心の状態を「自由自在の境地」だと感じているんです。
それが僕にとっての単独行(の一部)なんです。

まぁ、何をどう考えるのかも、そういうのも人それぞれ・・なんでしょうね。
だから、単独行の中に孤独を見出す人がいても、
それはそれで良いんだろうとは思いますけど、

これは僕の主義ですかね。あくまでも個人的な登山論なんです。

って、こんな事を言っていますが、また明日には違う事を言っているかもしれません(笑)
わりと適当かもしれません(笑)



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